新国立競技場をめぐる「知の攻防」全記録――建築家・文化人たちが発した言葉と、2025年に読み直すべき思考の軌跡

ひとつの建築が、これほどまでに日本中の「言葉」を引き出したことがあったでしょうか。新国立競技場の建設プロジェクトは、単なる公共事業の枠を超え、戦後日本の都市計画、建築コンペのあり方、そして「日本らしさ」の定義を問う巨大な思想の実験場となりました。

「コトことmyRoom」では、2013年から2016年にかけて建築家や文化人たちが発した熱い議論をアーカイブしてきました。ザハ・ハディド案への衝撃、磯崎新氏や槇文彦氏による警鐘、そして隈研吾氏が導き出した「木」の答え。完成から歳月を経た2025年現在、これらの言葉を読み直すことは、私たちがどのような未来を選択しようとしていたのかを再確認する貴重な読書体験となるはずです。


言葉の軌跡を辿る

1. 2013年〜2014年:巨匠たちの警鐘と「改修」という選択肢

ザハ案の決定直後、日本の建築界を牽引する巨匠たちが次々と声を上げました。槇文彦氏による「神宮外苑」という場所の公共性への問いや、内藤廣氏による建築家としてのエール。さらに伊東豊雄氏からは、既存の国立競技場を活かす「改修案」という、今こそ振り返るべき持続可能な提言もなされていました。

2. 2014年後半:漂流する巨大建築と「粗大ゴミ」への危惧

計画の肥大化に対し、磯崎新氏は「粗大ゴミになる」という過激な言葉で警鐘を鳴らしました。単なる反対運動ではなく、世界の都市計画のトレンドから見た日本の遅れを指摘する文化人たちの言葉は、当時の混迷を鋭く突いています。

3. 2015年:混迷の極みと「白紙撤回」への持論

コスト高騰と責任の所在。舛添都知事による日記調の告発や、スポーツ界からの為末大氏の提言など、議論は建築界を飛び越え社会現象となりました。白紙撤回後、ザハ事務所側から語られた「不協和音の正体」も、今読むと組織論としての深みがあります。

4. 2016年:隈研吾の「負ける建築」と伊東豊雄の比較論

再公募を経て隈研吾案(A案)に決定。伊東豊雄案(B案)との比較論争は、現代建築における「日本らしさ」とは何かを私たちに考えさせました。隈氏が語る「敗北からの悟り」や「ガラパゴス化への危惧」は、現在の日本のモノづくりへの重要な示唆を含んでいます。

5. 2016年後半:結実、そして「木材ブランディング」へ

新国立競技場を、単なる競技場ではなく「日本の木材」を世界に発信するメディアとして捉える。隈研吾氏のインタビューからは、建築が社会や産業を牽引していくという強い意志が読み取れます。


なぜぼくが新国立競技場をつくるのか
隈研吾 (著), 茂木健一郎 (その他)
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まとめ:本を閉じるように、この場所を歩く

新国立競技場をめぐる議論を時系列で辿ると、そこにはひとつの「壮大な知的格闘」が記録されていることに気づきます。2025年現在、私たちがスタジアムの軒庇を見上げる時、そこに重なっているのは、磯崎新の怒りであり、伊東豊雄の無念であり、そして隈研吾の決意です。

「コトことmyRoom」にアーカイブされたこれらの記事は、今や歴史の一部となりました。当時出版された関連書籍とあわせて、この「建築家たちの言葉」の森を散策してみてください。

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